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大阪地方裁判所 昭和36年(ワ)2255号 判決

原告

山崎笑子

右訴訟代理人

川見公直

山口幾次郎

右川見公直訴訟復代理人

浜田行正

被告

川井五郎

(ほか二名)

右被告藤岡、南訴訟代理人

逵本伊三男

河原正

主文

被告川井五郎は原告に対し、八八万五二六〇円とこれに対する昭和三五年二月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

被告川井五郎に対する原告その余の請求および被告藤岡正、同南完伊に対する原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告と被告川井五郎との間において、被告川井五郎の負担とし、原告と被告藤岡正、同南完伊との間においては、原告の負担とする。

この判決は第一項に限り仮りに執行することができる。

事   実≪省略≫

理由

一、被告川井の損害賠償責任

請求原因一、二の事実は被告川井の認めるところであるから、同被告は自動車損害賠償保障法三条により亡タミの死亡によつて生じた損害を賠償する責任がある。

二、被告藤岡の損害賠償責任

請求原因一、三の事実は当事者間に争いがない。

そこで、被告藤岡の抗弁を判断する。

当事者間に争いのない請求原因の一の事実、成立に争いのない甲第三号証の三から六まで、証人加藤末雄の証言(但し甲第三号証の四、五、証人加藤末雄の証言中、後記信用しない部分を除く)を総合すると、次の事実が認められる。

1  本件事故現場は、東北方大阪市東淀川区十三方面から西南方同市西淀川区福町方面に通ずる通称福町十三線道路が、東海道本線高架下から南約五〇米の西淀川区柏里町一丁目七一番地先で、西北方から福町十三線道路にほぼ直角に突き当る道路と交わる交差点である。福町十三線道路は、幅員約一五米、うち車道の幅約一〇米、両側歩道の幅各約二・五米で、車道は中央に舗装の継ぎ目のあるコンクリート舗装道路で、歩道は車道より約一五糎高くなつている。福町十三線と交差する道路は幅員約八五米のコンクリート舗装道路で歩道車道の区別はない。

2  被告南は、前車を運転して、福町十三線道路を前記高架下から前記交差点に向い、道路の中央から左側部分の中央近くを進行して来たが、交差点を右折するため、その手前約三〇米の地点において、右側の方向指示器(点滅合図灯)を点滅し、時速約一〇粁に原則した。そして、被告南は、福町十三線道路上には交差点から二、三百米の地点に対向車一台を確認したほか、交差点において歩行者、車馬の通行のないことを確認して、交点差に入り、右内小回りを始めた。ところが、その時まで、バツクミラーでみるなどして後方を確認していなかつたので、後車が前車を追い越そうとしているのに気付かず、右折開始後はじめて後方三、四米に後車を発見し、ブレーキをかけた。

3  訴外土手の運転する後車は、前車の後方から制限時速三五粁を超えるおよそ四〇粁の時速で進行してきたが、訴外土手は、前車の方向指示器の点滅に気付かず、交差点の手前約二〇米の地点において、前車を追い越そうとし始め、道路の中央より左側部分へ出た。しかしながら、前車が追越を知つているかどうかを確かめなかつた。訴外土手は、交差点に入る頃になつて始めて、前車が右折しようとしているのを発見したが、あわてて、ハンドルを右に切ることもできず、ブレーキをかけるかわりに加速してしまつた。

4  そして、前車が右内小回りを始め福町十三線の道路中央より約〇・八米交差点に入つて約一・七米の地点でその右側前部と、後車の左側前部が衝突し、前車後車とも接触したまま交差点の西角の方に進行し、前車は福町十三線道路車道の左側を交差点から数米進行した地点で停車したが、後車は交差点西角付近で前記高さ約一五糎の歩道に乗り上げ、同所付近歩道上にいた亡タミをはね、幅約二・五米の歩道を斜めに横断し、車体の前方を交差点西角から数米の地点で人家に突入させたが、その前輪の下に亡タミが倒れていた。

以上の事実が認められ、甲第三号証の四、五、証人加藤末雄の証言中これに反する部分は信用せず、ほかに右認定を左右するに足る証拠はない。

右事実関係によれば、被告南は、交差点の手前約三〇米から右側の方向指示器を点滅して右折の合図をし、道路の中央によつて進行し、時速約一〇粁に減速していたのであるから、右内小回りをしたこと、後方よりの追越車の有無の確認をしていなかつたことは暫く措くとして、本件交差点を右折するに際して、運転手として、注意義務違反はなかつたということができる。

ところで、本件事故当時は、法規上、右折をする自動車は交差点の右外小回りをしなければならないと規定されていたけれども(道路交通取締法一四条二項)前記認定の事実関係によれば、たとえ前車が右外小回りをしていたとしても、後車との衝突は避けられなかつたことが窺えるから、被告南の右法規違反の点は右衝突と無関係であるというべきである。また、被告南は、右折に際して、後方よりの追越車の有無を確認していないけれども、そもそも自動車運転手は、追越禁止の場所である交差点において右折するに際し、特別の事情のない限り、後方からの追越車の有無等後方の安全を確認すべき注意義務があるわけではない。成立に争いのない甲第三号証の七(被告人南完伊に対する業務上過失致死事件についてなした西淀川簡易裁判所の判決)中、「右折する被告南には後方から追尾してくる車両等の有無を確かめ、追尾車両があれば、同車が右折の合図に対し反応を示したか否かを確認して右折するなどの注意義務がある」とする点は、賛同し難い見解である。したがつて、被告南が右内小回りをした点、右折に際し追越車の有無を確認しなかつた点につき、被告南は本件事故に関し過失があつたとすることはできない。

他方、訴外土手についてみると、訴外土手は、(1)法定速度を遵守せず、(2)追越禁止の場所である交差点(道路交通取締令二三条一項)において、(3)追越を禁止されている右折の合図をしている前車(同令二七条)を、追い越そうとしたものであり、(4)追越の方法として、前車の速度進路等に応じて、できる限り安全な速度と方法で進行しなければならないとされているのに(同令二四条二項)、このような措置もしていないのであつて、本件における前車と後車の衝突は、専ら訴外土手の過失によるというべきである。

そして、前車と後車が衝突した際、訴外土手は運転を誤つて加速したため、車道から約一五糎高い歩道にまで乗り上げたのであつて、右衝突の結果、直ちに前車と亡タミの接触事故が招来されたというわけのものではなく、更に訴外土手が衝突後の運転を誤まるという同訴外人の過失が加わつて亡タミの死亡事故が発生したのである。

以上要するに、前車と後車の衝突事故とこれに続く前車と亡タミの接触事故は、すべて、訴外土手の過失によるというべきである。

そうして、前示甲第三号証の五、六、被告藤岡正本人尋問の結果、弁論の全趣旨を総合すると、保有者である被告藤岡に運行上の過失がなかつたこと、前車に構造上の欠陥及び機能の障害のなかつたことが認められ、これに反する証拠はない。

したがつて、被告藤岡は本件事故による損害賠償責任がない。

三、被告南の損害賠償責任

亡タミの死亡事故が被告南の過失によるものではないことは、被告藤岡の抗弁について判断したとおりである。したがつて、被告南も本件事故による損害賠償責任がない。

四原告の受けた損害

そこで被告川井の関係で原告の受けた損害について判断する。

(一)  葬式費

証人山崎務の証言、原告本人尋問の結果とこれにより真正に成立したと認める甲第四号証を総合すると、原告は亡タミの葬式費として、五万五二六〇円を支出したことが認められ、これに反する証拠はない。

(二)  慰藉料

成立に争いのない甲第一号証の二、三、原告本人尋問の結果とこれにより真正に成立したと認める甲第五号証、被告川井五郎本人尋問の結果を総合すると、原告が慰藉料算定の基礎として主張する事実、被告川井が本件事故当時、建坪六〇坪位の工場を所有し、訴外土手のほか数名の従業員を使用し、ダンボール製造販売業をしていた者であることが認められ、これに反する証拠はない。右事実と本件事故の態様を考えあわせると、原告が本件事故により受けた精神的苦痛に対する慰藉料は原告主張の一〇〇万円をもつて相当と認める。

(三)  自動車損害賠償責任保険金の控除

原告の受けた損害は前記(一)葬式費五万五二六〇円と(二)慰藉料一〇〇万円の合計一〇五万五二六〇円であるが、証人山崎勝の証言によれば、原告は、すでに、自動車損害賠償責任保険金一七万円の支払を受けていることが認められるので、右一七万円は原告主張の一〇五万五二六〇円から控除すべく、原告の請求し得る損害賠償額は八八万五二六〇円となる。

五、よつて原告の本訴請求中、被告川井に対する請求は、八八万五二六〇円とこれに対する本件事故の翌日である昭和三五年二月二七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、被告川井に対する請求中その余の部分、被告藤岡、同南に対する各請求は理由がないから棄却することとし、民訴八九条、九二条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。(裁判官平田孝)

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